Todai-ji, the original 8th-century precinct · Fact sheet · 時空ツアー 12
東大寺 創建時の伽藍 事実の表
いまより横に広かった創建時の大仏殿と、東西に立っていた二つの七重塔を中心に、8世紀の東大寺をたどるツアーの調査台帳です。各項目に確かさの印と出典を付け、テロップ台本と「創建時といま」の違いもここにまとめています。
舞台 奈良時代(752年の開眼供養のころ)場所 奈良県奈良市雑司町座標 34.689°N 135.840°E更新 2026-10-09
「確か」は史料の記述、発掘、現存する建物で確かめられるもの。史料にあっても、尺・丈をメートルに直した値や、数字の読み方に研究者の解釈が入るものは「説・推定」にしています。塔の高さ(約68m/約100m)はどちらも「説・推定」です。S8(Wikipedia)だけを出典にしている項目は、ほかの資料で裏づけを取り直す予定です。
ナレーションなし・テロップのみ。1場面10〜14秒、全11場面で約2分の試作版です。本番の約9分版は、各場面のテロップを2〜3枚に増やして伸ばします。
創建時(8世紀の推定復元)
752年 開眼供養 · 764年ごろ東塔完成
- 大仏殿は正面11間。幅は約86〜88mと換算される
- 大仏殿の南、東西に七重塔。それぞれ回廊で囲まれた塔院に立つ
- 塔の高さは約68m(23丈余)とする説と、約100m(33丈)とする説
- 大仏殿の北に講堂、その三方を僧房が囲む
- 柱の朱色、壁の白、細部の形はツアーでは推定で描く
いま(江戸時代再建の大仏殿と塔跡)
1709年 大仏殿落慶 · 国宝
- 大仏殿は正面7間、東西57.012m・南北50.480m・高さ48.742m
- 奥行と高さは創建時のままとされ、幅だけ約3分の2に縮小
- 東塔・西塔は建っておらず、基壇の跡が残る
- 東塔院跡は2015年から発掘調査が続いている
- 講堂・僧房も再建されず、礎石などの跡だけ
| 比べる点 | 創建時 | いま |
| 大仏殿の正面 | 11間・約86〜88m(間数は確か、mは換算) | 7間・57.012m(確か) |
| 大仏殿の奥行・高さ | いまとほぼ同じとされる(説・推定) | 50.480m・48.742m(確か) |
| 七重塔 | 東西2基。約68m説と約100m説(説・推定) | なし。基壇の跡(確か) |
| 塔の基壇 | 創建の東塔は約24m四方(発掘で確か) | 鎌倉再建の東塔は約27m四方(発掘で確か) |
| 南大門 | 平安時代に大風で倒れた。形はわかっていない | 1203年完成、高さ25.46m(確か) |
| 講堂・僧房 | 講堂と三面僧房(規模は古図による説) | 建物はない(確か) |
高さと幅を並べると
東塔 約100m案約100m
東塔 約68m案約68m
創建の大仏殿 幅約86〜88m
いまの大仏殿 幅57.0m
いまの大仏殿 高さ48.7m
南大門 高さ25.5m
ツアーでは「創建時(8世紀の推定復元)」と「いま(江戸時代再建の大仏殿と塔跡)」を切り替えて見せます。塔は奈良文化財研究所の2024年の復元案(約68m)をもとにした模式で、「謎」の場面だけ約100m案を半透明で重ねます。建物の配置と距離は、ツアー用に整えた模式です。
2026-10-09
題材決定:時空ツアー 12 として、東大寺の創建時の伽藍(8世紀)を選定。見せ場は、いまより横に広かった大仏殿と、東西の七重塔の高さの謎。
2026-10-09
企画の芯:億ションのルームツアー風/史料・発掘を土台に、足りない所は復元案と推定で補い画面に明示/いまも信仰の場である寺院として敬意を持って描く(大仏は簡略なシルエットだけ)/まずは非公開。
2026-10-09
調査:東大寺公式サイト(大仏殿・南大門・寺の歴史)、奈良文化財研究所の東塔院跡調査報告(2016年)と東塔の復元研究の発表(2024年)、公開講演会資料を確認。事実の表と台本11場面を作成。
2026-10-09
試作:3DCGのツアーを作成(ガイド/自由に歩く、創建時といまの切替、確かさ表示、出典、録画モード)。
2026-10-09
見直し:別の担当が出典と突き合わせ、講堂・西塔・塔の高さの見出し・彩色・大仏の完成の表現を修正。