時空ツアー 47 · 共有地の層 · 南極・深海・宇宙 · 事実の表
テラノバ小屋 事実の表
1911年1月、ロス島のエバンス岬に建てられた、スコット隊の越冬小屋をたどるツアーの調査台帳です。士官の区画、「テネメント」の寝台、ポンティングの暗室、実験室、台所、厩舎。1915〜17年にはシャクルトンのロス海支隊も使い、いまはニュージーランドの南極遺産トラストが中の物ごと守っています。許可がなければ入れない場所です。各項目に確かさの印と出典を付けました。
層 共有地の層部屋 南極・深海・宇宙場所 南極・ロス島エバンス岬(南緯77.636度・東経166.418度)年表の目安 テラノバ小屋 1911年(建設)更新 2026-10-23
確かさの印(共有地の層)
過去と現在のことは「確か」、これからのことは公表の度合いで分けます。
- 確か
- すでに起きたこと、いまの状態。南極遺産トラスト・南極条約の文書・博物館などの公開資料で確かめられること。
- 計画(公表済み)
- 保存する団体が決めて公表している、これからの予定(保存管理計画など)。中身や時期は変わることがあります。
- 構想
- 団体などが示している将来の案。この作品では、確かめられた構想は見つからず、使っていません。
- 想像
- 資料に残っていない部分を、このツアーが描いたもの。画面では模式として示します。
日付と数字は、南極遺産トラスト・南極条約の管理計画・スコット極地研究所・王立グリニッジ博物館群の公開資料で確かめました(2026年10月23日時点)。依頼メモとの違いが3つあります。幅は「約7.7m」ではなく約7.6m(25フィート)または約8m。保存の工事は「2008〜2016年ごろ」ではなく、トラストによれば2008年に始まり、遺物の保存処理を2015年に終えました。遺物の数は「約11,000点」のほか「約11,500点」「約12,000点」と書かれ、数え方で違います。写真は使わず、ポンティングの写真の構図もまねていません。マークや旗は描かず、人や動物はシルエットだけです。亡くなった人たちのことは、事実だけを短く伝えます。
ナレーションなし・テロップのみ。1場面12〜16秒、全11場面で約2分40秒の試作版です。切替で「1911年(越冬中)」と「いま(保存された小屋)」を選ぶと、1〜7の場面のテロップと姿が変わります。8は地図の場面、9はいつも1915〜17年、10と11はいつも「いま」で見せます。
1911年(越冬中)
英国南極(テラノバ)探検隊 · 南極遺産トラストなどの資料による
- 1911年1月4日〜17日に建てた、約15m×約7.6〜8mのプレハブ小屋確か
- 冬は25人が暮らした確か
- 士官のワードルームと、隊員のメスデッキの2つの区画確か
- ストーブ3台とアセチレンの明かり。外は約-45℃確か
- 北側の厩舎にポニー、まわりに犬。のちにラバも確か
- 部屋の位置・家具・色・物の並び想像
いま(保存された小屋)
南極遺産トラスト・南極条約の管理計画による
- 南極条約の史跡 HSM 16、南極特別保護地区 ASPA 155確か
- 2008年からの保存で、11,000点をこえる遺物を現地で処理(2015年に完了)確か
- 中の物は置かれたまま。約12,000点が残る確か
- 許可が必要。区域40人・小屋8人・年2,000人まで確か
- 海岸の浸食と温暖化が大きな心配ごと確か
- 保存管理計画の第2版(2026年)は20年先までを見込む計画(公表済み)
小屋の歩み
- 1911年1月:英国南極(テラノバ)探検隊が建てる確か
- 1911年11月1日:スコットの本隊が南極点へ出発。1912年1月17日に到着、帰り道で5人とも亡くなる確か
- 1913年1月:隊が去り、小屋を閉じる確か
- 1915〜17年:シャクルトンの探検隊のロス海支隊が使う確か
- 1947年:雪と氷でほぼ埋まった姿で見つかる確か
- 1972年:南極条約の史跡に。2002年に南極特別保護地区 ASPA 155確か
- 2008〜2015年:南極遺産トラストが保存修復確か
ツアーでは同じカメラ位置のまま、この2つを切り替えて見比べられます。1911年の側は明かりのともる越冬中の小屋と動物、いまの側は保存された小屋と、のちに置かれたオーロラ号の錨や丘の十字架を見せます。
2026-10-23
事実の確認(別の確認者):表の55項目とテロップ全行を、南極遺産トラスト・ASPA 155 管理計画(措置11)・スコット極地研究所・王立グリニッジ博物館群で照合。直したのは10項目とテロップ6行(と小屋の3D表示の幅の文字)。ロス海支隊の1915年1月16日は「小屋に着いた」ではなく「マクマード湾に着いた」。エドガー・エバンスの死は2月18日(SPRI)、オーツは3月16日にテントを出た(SPRI)。南極点は1月17日(SPRI。RMGは17〜18日・18日とするページもある)。幅は約7.6〜8m。ストーブの燃料は練炭。犬は厩舎で暮らした。厩舎を作業場にしたのは1915年、すすは1916年。2022年の砂利は厩舎と西側の別棟。鋼の棒は「寄贈」ではなく遺品から戻った。18,202点はどの小屋を含むか記事に書かれていない。座標の「境界と合う」は確かめられず削除。記念の8人の名前は正しいことを確認。
2026-10-23
試作:3DCGのツアーを作成(ガイド/自由に歩く、「1911年(越冬中)」と「いま(保存された小屋)」の切替、4種類の印の表示、出典、録画モード)。岬・小屋・部屋・地図はすべて自分で描いた模式。人は描かず、動物はシルエットだけ。エンドロールに、亡くなった8人の名前を記した。
2026-10-23
台本:全11場面。テロップの各行に印を付けた。極点の場面は日付と事実だけにし、演出を加えない。
2026-10-23
調査:南極遺産トラスト(小屋の案内・保存管理計画の要約2026年・ストーブ・ロス海支隊・犬・2015年と2022年の発表)、南極条約の ASPA 155 管理計画(措置11、2015年)、スコット極地研究所、王立グリニッジ博物館群を確認。依頼メモの幅・保存の年・遺物の数を資料に合わせて直した。
2026-10-23
企画の芯:共有地の層・南極・深海・宇宙の部屋の、昭和基地に続く南極の2作目。切替は「1911年(越冬中)」と「いま(保存された小屋)」。写真の構図はまねず、間取りは部屋の名前だけを手がかりにした模式とする。