Pharos of Alexandria · Fact sheet · 時空ツアー 11
アレクサンドリアの大灯台 事実の表
14世紀に崩れて、いまは海の底と要塞の下にしか残らない古代の灯台を案内するツアーの土台になる調査台帳です。各項目に確かさの印と出典を付け、テロップ台本と「灯台があった頃(推定復元)」と「いま」の違いもここにまとめています。
舞台 前3世紀〜14世紀場所 エジプト・アレクサンドリア、旧ファロス島の東端座標 31.214°N 29.886°E更新 2026-10-09
「確か」は古代・中世の記録が一致するもの、発掘や公的機関の記録で確かめられるもの。古い記録でも寸法の読み方や年の数え方で数字が割れるものは「説・推定」にしています。
ナレーションなし・テロップのみ。1場面9〜13秒、全11場面で約2分の試作版です。灯台の形は中世の旅行記の記述にもとづく推定の模式です。
灯台があった頃(推定復元)
前3世紀〜12世紀ごろの姿 · 推定
- 島の東端に、白い石の塔が3段に重なって立つ(四角・八角・円筒)
- 高さは約100〜135mとされる。数字は資料ごとに違う
- てっぺんで火を燃やし、夜の船に港の入口を知らせた
- 頂上には像があった。ゼウスとする説が多いが、ポセイドンとする説もあり、確かではない
- 島と町は、長さ約1.2kmの堤防「ヘプタスタディオン」で結ばれていた
- 中世には頂上に小さなモスクが載っていた(旅行記の記述)
いま(カーイトベイ要塞と海底の石材)
15世紀〜現在 · 確か
- 1477年から、同じ場所にカーイトベイ要塞が建つ
- 灯台の石が要塞に使われたとされる
- 要塞のそばの海底、水深約7mに、大きな石材や像が沈んでいる
- 1994年からフランスの調査団(CEAlex)が海に潜って記録した
- 堤防は土砂がたまって陸になり、いまはその上に市街地が広がる
- 灯台そのものは、どこにも立って残っていない
| 段 | 形 | 高さ(12世紀の記録から) | 確かさ |
| 第1層 | 四角。上に向かって少しすぼまる | 約77m(254フィート) | 説・推定 |
| 第2層 | 八角 | 約37m(123フィート) | 説・推定 |
| 第3層 | 円筒 | 約10m(33フィート) | 説・推定 |
| 頂上 | 中世は小さなモスク(古代は火と像) | 約8m(25フィート) | 説・推定 |
段ごとの高さは、1165年に訪れたイブン・アッシャイフ(アル=バラウィー)の記録を研究者が換算したもの(S9, S10)。換算の仕方で数字が変わります。ツアーでは同じカメラ位置のまま、2つの姿を切り替えて見比べられます。地震・要塞・海底の場面は「いま」に固定です。
2026-10-09
見直し:別の担当が出典と突き合わせ、高さの表記・堤防のいま・語源の出典・頂上の像を修正
2026-10-09
試作:3DCGのツアーを作成(ガイド/自由に見回す、灯台があった頃といまの切替、確かさ表示、出典、録画モード)。灯台の形は旅行記にもとづく模式、要塞・海底の石材も模式。
2026-10-09
構成:港 → 堤防 → 第1〜3層 → 頂上の像 → 眺め → 地震 → 要塞 → 海底 → 鏡の謎、の全11場面。
2026-10-09
調査:ブリタニカ、フランス文化省の水中考古学ページ(CEAlexの調査)、ストラボン『地理誌』、ルキアノス『歴史はいかに書くべきか』、イブン・バットゥータの旅行記、アラムコ・ワールド(イブン・アッシャイフ)などを確認し、事実の表を作成。高さは資料で100〜135mと割れるため「説」とした。
2026-10-09
企画の芯:14世紀に崩れて立ち入れない灯台/「あった頃(推定復元)」と「いま(要塞と海底)」を切替/事実を土台に、形は推定と明示/まずは非公開。