時空ツアー 35 · 物語と仮想の層 · 仮想空間 · 事実の表
最初のウェブサイト 事実の表
1989年の提案書から、1990年のNeXTの上の最初のサーバー、1991年の公開、1993年の無償公開、2013年の復元までをたどるツアーの調査台帳です。CERNとW3Cに残る文書とページで確かめ、項目ごとに印と出典を付けています。ページの文は事実に要る短い句だけを引き、保存されたページからの引用と示したうえで日本語に言い換えています。画面写真、ロゴ、人物の写真は載せていません。
層 物語と仮想の層 部屋 仮想 期間 1989〜1993年(復元は2013年) 年表の目安 1991年(最初のサイトを外へ知らせた年) 場所 CERN(北緯46.234度・東経6.053度) 更新 2026-10-23
この作品の「原文」
物語と仮想の層の印は、原文に書いてあるかどうかを示します。この作品では「原文」を、いまも残る文書とページと読みかえます。1989年と1990年の提案書、1991年のニュースグループへの投稿、保存された1992年のページ、CERNとW3Cの公式の記録です。
同じ仮想空間の部屋のジオシティーズ(31)は地上の層と同じ印を使いました。ここでは文書が直接残っているので、層の本来の印を使います。部屋の形と道は、記録にもとづく模式です。
印の意味
原文にそう書いてある 残る文書・保存されたページ・CERNとW3Cの公式の記録に書いてあること。
解釈 資料どうしで食い違うこと、数え方で変わること、訳やツアーの見せ方。
描かれていない 残る文書とページのどこにも書かれておらず、わからないこと。
事実の表
テロップ台本
1991年と2013年
出典
制作記録
すべて
原文にそう書いてある
解釈
描かれていない
英語の句は、提案書・投稿・保存されたページ・CERNの記録からの短い引用で、すぐあとに日本語で言い換えています。ページの見出しは2013年に復元された1992年の写し(S8)によります。1990〜91年の時点のサイトの写しは残っていません(その中の一部のページは1992年の写しの中に残ります)。
ナレーションなし・テロップのみ。1場面12〜15秒、全11場面で約2分30秒の試作版です。切替の「1991年の最初のサイト」と「2013年の復元」で、部屋の見え方が変わります。「2013年の復元」と「謎」の場面は、いつも2013年の姿で見せます。
1991年の最初のサイト 記録にもとづく模式 · 1990年の終わり〜1991年
NeXTの上の nxoc01.cern.ch(のちの info.cern.ch)が最初のサーバー原文にそう書いてある
サイトはWWWの計画そのものの案内原文にそう書いてある
1991年8月6日、alt.hypertext で外へ知らせた原文にそう書いてある
「公開日」は数え方で変わる解釈
このころのサイト全体の姿描かれていない
2013年の復元 CERNの復元 · 2013年〜
無償公開から20年に合わせ、2013年4月に始まった原文にそう書いてある
戻したのは1992年の写し(「見つかる中で一番古いかもしれない」とされた)解釈
ラインモード・ブラウザの再現を2013年9月から作った原文にそう書いてある
いまは info.cern.ch から両方が開ける原文にそう書いてある
1992年より古い写し描かれていない
ツアーでは同じカメラ位置のまま切り替えて見比べられます。「1991年の最初のサイト」では、部屋は暗い板に青い縁だけで、見出しの札は破線(1992年の写しから借りた、と示すため)。「2013年の復元」では、部屋は白い紙の板になり、全体を復元の枠が囲み、文字だけの端末が明るくなります。
2026-10-23
事実の確認(別の確認者):45項目とテロップ全行を、CERN(home.cern、press.cern、line-mode.cern.ch、info.cern.ch)、W3Cの年表、1989年と1990年の提案書、1991年8月6日の投稿、2023年のCERNの記事で照らした。直したこと:情報は「見つからない」でなく「失われ続けていた」(提案書の言葉)。1990〜91年のページは一部が1992年の写しの中に残るので、「中身は残っていない」を「その時点の写しが残っていない」に。1992年の写しは「一番古い」と言い切らず、報道が伝える「一番古いかもしれない」に直し、印を解釈に。NeXTと古い写しの話は2013年の時点と明記。復元は「無償公開から20年」。ニコラ・ペロウは研修の学生(CERNの「短い歴史」)。1993年の「パブリックドメイン」の出典を「誕生」と2023年の記事に。保留だった5点:名前の年は一次の記録が1990年(再現ページだけ1989年)、ラインモードは1990年末〜1992年で段階ごと、最初のサイトは1990年11月(W3C)〜12月(CERN)、写しは「かもしれない」、1993年の文書は宛名「to whom it may concern」、署名はホーフラントとヴェーバー、目録の題は「Software release of WWW into public domain」(CDSは直接開けず二次資料で確認)。出典にS19(CDSの目録)とS20(W3Cの1992年の写し)を足した。
2026-10-23
試作:3DCGのツアーを作成(ガイド/自由に歩く、「1991年の最初のサイト」と「2013年の復元」の切替、印の表示、出典、録画モード)。サイトを歩ける空間にして、ページを浮かぶ板の部屋に、リンクを光る道にした。NeXTと文字だけの端末は、ロゴのない簡単な箱の模式。画面写真・ロゴ・人物は描かない。
2026-10-23
台本:全11場面。テロップの各行に印を付け、事実の表と同じ文にそろえた。英語は短い句だけにし、日本語で言い換えた。
2026-10-23
調査:CERNの公式ページ(Webの歴史、誕生、2009年と2013年の発表、2023年の30年の記事、ラインモードの記事と再現)、W3Cに残る1989年と1990年の提案書、1991年8月6日の投稿、W3Cの年表、保存されたページを確かめた。食い違い(名前の決まった年、ラインモードの年、最初のサイトの公開日)は「解釈」として両方を書いた。報道(The Register、CBC)は補助に使った。
2026-10-23
企画の芯:物語と仮想の層・仮想空間の部屋の作品。入れない理由は、1990〜91年のページが残っておらず、いま見られるのは1992年の写しだけだから。「原文」は残る文書とページと決めた。ジオシティーズ(31)の扱い(ロゴ・画面写真なし、模式のみ)に合わせつつ、町ではなく部屋と道で見せる。