The Round City of Baghdad, Madinat al-Salam · Fact sheet · 時空ツアー 17
バグダッドの円城 事実の表
8世紀、アッバース朝のカリフ・マンスールがティグリス川のほとりに築いた円い都「マディーナト・アッサラーム(平和の都)」をたどるツアーの調査台帳です。建物は何も残っておらず、姿は年代記の記述と研究者の復元図から描かれています。各項目に確かさの印と出典を付けました。
舞台 762〜766年(完成のころ) 場所 イラク・バグダード、ティグリス川西岸 座標 約33.35°N 44.34°E(推定) 更新 2026-10-09
事実の表
テロップ台本
円城といま
出典
制作記録
すべて
確か
説・推定
わかっていない
「確か」は、年代記の記述を研究者が一致して認めているもの。年代記にあっても、腕尺(キュビット)などの単位をメートルに直した値や、数字の読み方に解釈が入るものは「説・推定」にしています。円城は遺構が残らないため、発掘による裏づけはありません。S9〜S11(Wikipedia)を出典にした項目は、そこで引かれている Le Strange(1900)、Duri(1960)、Lassner(1968・1970)などの記述によるもので、原典での確認は今後の課題です。
ナレーションなし・テロップのみ。1場面11〜14秒、全11場面で約2分15秒の試作版です。本番の約9分版は、各場面のテロップを2〜3枚に増やして伸ばします。
円城ができた頃(推定復元) 762年 着工 · 766年ごろ完成
円い城壁の都。直径は約2〜2.7kmと資料で幅がある
外から順に、堀・外壁・空き地・主城壁・住まいの環・中央の広場
四つの門から中心へ、アーチ天井の通路がのびる
中心に黄金門宮と緑のドーム、その隣に大モスク
色・細部・家並みの密度は、ツアーでは推定で描く
いま(痕跡の残らない現代の街) イラクの首都バグダード
円城の建物は、地上に何も残っていない
跡地はティグリス川西岸の市街の下にあると考えられる
正確な位置と大きさは、研究者のあいだで議論が続く
ツアーの現代の街並みは、特定の建物を写さない模式
円の跡は、三つの大きさの案を破線で重ねて示す
比べる点 円城ができた頃 いま
都の形 円形の城壁(確か) 円の形は地上に残らない(確か)
大きさ 直径約2〜2.7km(説・推定) 跡地の範囲はわかっていない
城壁と堀 堀と二重の城壁(確か) 残っていない(確か)
緑のドーム 宮殿の頂、高さ約48mと換算(説・推定) 941年に崩れた(確か)
市場 はじめは門の通路沿い、のちに円城の外のカルフへ(確か) カルフはいまも西岸の地区名として残る
都の中心 円城の宮殿(確か) 都はやがて東岸にも大きく広がった(確か)
円城の直径の案を並べると
約2.7km(Britannica) 約2.7km
約2.3km(Oleschuk 2023) 約2.3km
約2km(Archnet) 約2.0km
緑のドームの高さ 約48m
ツアーでは「円城ができた頃(推定復元)」と「いま(痕跡の残らない現代の街)」を切り替えて見せます。円城は直径約2kmの案で描き、「謎」の場面だけ約2.3km・約2.7kmの案を破線で重ねます。現代の街並みは特定の建物を写さない模式で、近年の争いの跡などは描きません。
2026-10-09
題材決定:時空ツアー 17 として、バグダッドの円城(762〜766年)を選定。見せ場は、完全な円の都の構造と、何も残っていない「いま」との落差。
2026-10-09
企画の芯:億ションのルームツアー風/年代記と研究者の復元図を土台に、足りない所は推定で補い画面に明示/いまのバグダードは中立に描き、近年の争いは描かない/1258年の攻略は事実として短く触れる/まずは非公開。
2026-10-09
調査:Britannica、Archnet(Creswell・Lassner・Ettinghausen と Grabar を出典とする解説)、Al-Ali と Al-Ali の論文(IRAQ 78, 2016)、Oleschuk(Aisthesis 2023)、ブラウン大学の解説、知恵の館の研究(İhsanoğlu 2022、Gutas 1998)を確認。直径は資料で約2〜2.7kmと幅があるため「説・推定」にした。
2026-10-09
試作:3DCGのツアーを作成(ガイド/自由に歩く、円城ができた頃といまの切替、確かさ表示、出典、録画モード)。
2026-10-09
見直し:別の担当が出典と突き合わせ、座標・ドーム崩落の書き方・出典の並びを修正。スマホでテロップが操作欄に隠れないよう修正。